過去にタイとの激しい戦争や植民地時代などをくぐり抜けてきた国。ラオスの歴史は複雑だけれど、今回訪れたルアンパバーンとビエンチャンはどちらも2日もいれば見るものが無くなってしまうほどに、観光するべき場所が少ない。
世界遺産の街ルアンパバーンは、街全体が観光名所のようです。特に取り上げて見ておくべきものも無いし、ガイドブックに紹介されている寺院を訪れても、あまり魅力が無い。しかし街を歩けば、スクーターにまたがって颯爽と通り抜けていく人、客が居ようと居まいと暇そうにしている店員、数人で寺院の庭を掃除する若いお坊さんたち、早朝にはこの時ばかりはと神妙な顔をして托鉢のために膝を突いて並ぶ人たち。街をぶらぶらしているとラオス人の生活を眺めることができ、ラオス人と同じリズムで生活することが出来ます。ぼんやりと過ごすのがこの街の正しい楽しみ方なのです。
そんな中でもギャラリーのある「kopnoi」へ行ってきました。
ちょうどカオニャオをテーマにした展示をしていてそれが面白かった他、1階のショップで売られている衣類や小物の類いがとても素朴で使い心地がよさそう。サイズと値段が欧米人向けなので何も買えませんせんでした。
ビエンチャンは首都だけにルアンパバーンより広く、自転車でもなければあちこちを巡ることは出来ません。ビエンチャンのシンボル、タートルアンやビエンチャンで唯一昔のままの姿を残す寺院ワット・シーサケット、キレイに整えられた庭が印象的なワット・ホーパケオなどを観光しました。
僕にとってはワット・シーサケットに集められたたくさんの仏像や本堂の崩れかかった壁画が、ネパールとタイ、ラオスを通して一番有り難みのあるものに思えて記憶に残ります。どの国でも今現在信仰の対象として使われている寺院というのは、漏れなく奇抜なカラーリングとぴかぴかの装飾で、往々にして信者の残したゴミやら汚れやらが目立ち、観光しているというより信仰を押し付けられているような感じがして受け入れにくいと感じてしまうのです。
それと比べて日本の寺社のように、くすんだ色合いで保護のため以外には修復をしないワット・シーサケットは美術品のようにして眺めることが出来、過去の信仰を振り返っても有り難みのあるものに感じられます。所々に解説のためのパネルが立てられていて、見ているものが何であるのかを理解できたのも良かった。
それ以外には名所らしき場所には足を運ばず、猛暑で倒れないようにとぼとぼ歩くのが精いっぱいという状況でした。
あまり活発に活動しなかったけれども、それが正しいラオスの過ごし方のようにも思えます。