僕の友人、ジャンアランとレアの住む村コースドゥラセルは、モンペリエから北西に30km。僕たちの泊まっているホテルから、エロー川を眼下に山道を辿って15分の距離にあります。人口僅かに250人で、これと言った見どころの無い村であるため、村唯一のホテルも夏のバカンスシーズン以外は門を閉じています。通りに名前が付いていないので、住所がなく、カーナビでも村の中心部以外は検索することが出来ません。
村に到着すると、以前に来た時の記憶が蘇ってきました。見覚えのある十字架の立つ広場、曲がり角の風景、家屋の間に耕された菜園。記憶を頼りに、村の中をひと回り。気がつけば夫妻の家の扉がありました。呼び鈴がないので携帯電話で呼び出そうとしていると、二階の窓からレアが顔を出し、6年前と変わらない笑顔を投げ掛けてきました。
間もなく二人が家を出てくると、懐かしさと嬉しさが込み上げてきます。一緒に会社を立ち上げ、悩み事やトラブルを抱えている時、すぐにパリまで駆けつけてきて、いつもやさしく誰よりも的確なアドバイスをくれたジャンアラン。何度もオフィスや家に押し掛けてきて、パリでの生活を賑やかにしてくれ、新しい事をたくさん教えてくれたレア。二人が結婚した事は僕にとっても大きな幸せです。
初めて会うゆんじょんを紹介し、夫妻の間に生まれたばかりの女の子レベッカとも初対面。まだ2ヶ月なのに二人に似てとても大きく、ブルーグレーのキレイな目をした赤ちゃんです。
南仏独特の、石造りの構造を石膏で塗り固め、窓やドアが小さな家は、二人が住んでいるとは思えないほど小さい。実際、子供が出来た事もあって引っ越し先の家を探しているそうです。地元で採れた果物のシロップを入れたジュースで再会を祝し、僕たちの旅行の話を聞いてもらいました。彼らも大好きな東南アジアから始まり、南北アメリカ、中東、ヨーロッパと、時折ゆんじょんに確認をとりながら話すと、たくさんの相づちや笑いを交えて、こちらも楽しくさせてくれます。
その後、村の外れにある、彼らが「城」と呼んでいる場所まで散歩しました。散歩とは言え、5kmくらいの距離を歩きます。最初は舗装路だったのが、轍の残る砂利道になり、砂利道を外れて様々な草木の生える草原を歩いていると、山羊と羊の群れに出会いました。一人の農民と数匹の牧羊犬に率いられた群れは、首に着けた鐘の音を鳴らしながら僕たちの先を忙しく進んで行きます。後に残された木イチゴの枝に、小さな羊毛の固まりがたくさんくっついていました。
エロー川を見下ろす崖っぷちにしがみつくように建つ「城」は、過去の住民が建てた見張り塔のようなもので、その建設は11世紀まで遡ります。僅かに積み上げられた石が残るだけの「城」を回り込んで、断崖に立つと、視界の続く限り広がる青空、川の反対側の岩山に張り付く木々、遠くを流れるエロー川に残された水車小屋の跡などが見渡せます。散歩で温まった体に、地中海から吹く風が川沿いを流れて来て肌を心地よく冷やし、言葉では言い表せない清々しさ。ここは観光客が訪れた事のない場所。本や映像に表現された事のない、本当の南仏の素晴らしさを感じる事が出来ます。
その夜、二人が交互にキッチンに入ってつくる料理で晩餐を楽しみました。
アランデュカスのレシピをアレンジしたパセリのリゾット、あっさりとして魚臭さの全く無いアンコウ、蒸し野菜の付け合わせ、4km離れた農家で作られた手作りパン、5種類のチーズ、日本は疎かパリにも流通しない地元でつくられたワイン。そしてジャンアランの得意料理チョコレートのプラリネ。素人とは思えない味に感服です。
翌日の再会を約束して、夜中の真っ暗な山道を車で走ると、イノシシが山を登って行くところに出くわしました。自然と人間が程よい距離で共存するエロー県。ホテルのあるサンギエームルデゼールは夏にもなれば観光客でごった返すのに対し、コースドゥラセルは閑散としているそうです。