前日の夕食をたらふく食べたので朝ご飯を軽く済ませ、せっかくなのでサンギエームルデゼールの村を散歩しました。世界遺産の修道院は閉まっていて入れませんでしたが、山に向って上り坂になった通りに並んだ家々の可愛らしい造りに、ゆんじょんのカメラのシャッターが次々と切られます。
民家の軒先には、この村の歴史に由来する十字を象った紋章と、大きな一輪のドライフラワーが飾られています。
学生と思しき団体の他、2〜3人の杖を持った巡礼の観光客が目立ちます。聞こえてくるのはフランス語よりも英語が多いようでした。
小さな村なのに立派な観光案内所があり、小さな村なので案内所で配られるガイドマップに従って歩いても、10分もあれば一周出来てしまいます。
再び山道をコースドゥラセルまで戻りました。昼間なのでイノシシに出会う事はありませんが、青く高い空が周囲の木々を色あせて見せ、時折現れる険しい岩山が強いコントラストで絵画的な風景を作り出し、のどかな空気の中に近く訪れる暑い夏を想像させます。石灰質の多い地質のためか、空気はフランスの他のどこよりもカラッと乾燥しています。
エロー川沿いにカヌーやカノエを案内する看板がたくさん立っていました。山の地下を通り抜けてくる冷たい水は、驚くほど透明で、そのままでも飲めます。じりじりと暑い真夏にここで水遊びをするのはさぞかし楽しいに違いありません。
レベッカを寝かしつけながら僕たちの到着を待っていた友人二人は、小さな家の屋上まで僕たちを案内してくれました。
屋上は広くはないものの、太陽を遮るものは何一つ無く、大きなパラソルの下に4人で集っておしゃべりの再開。
僕がご無沙汰していた間の仕事の話から、今後の旅行の予定、レベッカが一人前に笑うようになったという事、村の住人のうわさ話など、あちこちに話題が飛び、あっという間に昼食の時間になりました。
昼食は、イタリア産のスペック、ほうれん草とロックフォールのラビオリ、マーシュとビーツと松の実のサラダ、昨日とは違う5種類のチーズ、またもや地元産のワイン。僕たちがいるから、いつもよりは少し背伸びをしているとは言いますが、それでもこの地方の食生活の豊かさに感動させられます。
遠くでさえずる鳥の声や、レベッカと同じ日に生まれたと言うロバの赤ちゃんの嘶き、村の中央にある噴水で遊んでいる子供たちの歓声を聞きながら、風に吹かれて過ぎてゆく午後は、何日経っても飽きる事が無さそう。
都会の喧騒が恋しくなれば、パリまで2時間半のTGVが連れ出してくれるし、バルセロナまでは車で3時間足らず。フランス人だけでなく、外国籍の人々も多く、皆静かに隣人を気づかいながら暮らし、お互いのプライバシーを貫きながらもどこかで繋がっている。日曜日の市場では、何千年も昔から続く明日の天気の話題から、先週の政治家のゴシップまでが語られる。
自然の中に生活しながらも、田舎暮らしをしていると言う意識はない。ただこの場所に桃源郷を見いだした彼らだけが出来る、驚くほど贅沢な暮らし。人生の最低限必要な部分だけを選び出し、濾過し、限りなく透明な液体になったような生活。
バルセロナまで車を走らせる間、友人たちを羨ましく思いながら、いつか自分もこういう生活ができるようになりたいと考えながら、また次に会う時まで会えない淋しさと、近いうちにまた必ず同じ笑顔で迎えられるという確信を感じ、夕日を追いかけるように、西へ西へと向うのです。