レインガ岬の翌日、僕たちはノースランドを南下して、ワイポウアフォレストに向って車を走らせました。
ワイポウアフォレストはカウリと言うニュージーランド固有の杉の一種が群生している森。ヨーロッパ人の入植が進むとともに伐採され、現在多くは残っていません。現存する最大のカウリは、この森の中にあります。
90マイルズビーチは、レインガ岬から南に延々とつづく砂浜の海岸。実際には64マイルしか無いそうですが、それでも長い。レインガ岬での眺めを満喫した僕たちは、このビーチにほど近いキャンプサイトで一泊しました。夜が明けてから、ビーチの近くにキャンピングカーを駐車して海岸を散歩しました。
この時もわずかな時間だけ雨が止んでいました。頭上には晴れ間が広がり、太陽も顔を覗かせそうなのに、少し離れると雲が重くのしかかり、雨が降っているのが見える。僕たちの上だけ、雲がぽっかりと丸く穴が開いたように見えます。
砂浜は肉眼では到底端から端まで見ることが出来ないくらい長い。左手には、遠く向こうに見える山の麓まで砂浜が続いているのが見え、右手には視界の端の方まで続くビーチが、途中で霞の中に消えている。足下の遠浅の砂浜には、打ち寄せる穏やかな波が運んできた貝殻が散らばっています。
静かで誰もいないビーチは、本当に奇麗。僕たちだけのために、誰かが特別な舞台を用意してくれたかのようです。
海岸沿いの小さな町をいくつか通り抜けると、風景は徐々に山がちになり、道路はアップダウンを繰り返すようになります。しばらく落ち着いていた天候が崩れ出し、雨が降って来て、フロントグラスを濡らします。ニュージーランドの自然は、本当に変化に富んでいる。晴れた空の下、ワインディングロードを走っていたかと思うと、雨が降り出し、あっという間に霧が立ちこめてきてスピードを落とさざるをえなくなる。そして次の瞬間には、また晴れ間が覗いてくるのです。
曲りくねった国道12号線は、巨大なシダの葉が密生する原生林の中を縦断しています。海岸沿いを走っていたのと比べ、明らかに湿度が高いのを感じる。濃いシダの緑の間から、天に向って真っ直ぐに伸びたカウリの灰色の幹が見え隠れしています。
道路沿いに「キーウィに注意」の黄色い標識が現れ始めると、ワイポウアフォレスト森林保護区に入ったことを示す看板が立っています。
夕方にジャングルの中を歩くのは避けたいので、そのままワイポウアフォレストを通り抜けて、その南にあるキャンプサイトまで走りました。場所がなかなか分からず、行ったり来たりを繰り返し、あたりが真っ暗になってから到着。キャンプサイトが主催する、夜中に野生のキーウィを見に行くトレッキングが開催されていましたが、ちょっと疲れてしまったので、僕たちはキャンセル。ゆっくりご飯を食べたり、洗濯をしたりして、過ごしました。
翌日、ワイポウアフォレストに戻り、森の中をあちこち歩き回りました。
最初に向ったのは、ヤカスと名付けられたカウリの木。森の中に作られた駐車場から歩いて片道30分くらいの距離ですが、歩きやすく整備されたボードウォークのヤカストラックを、美味しい空気を呼吸しながら、木々を眺めて歩いているとあっという間に感じます。
この巨木はニュージーランドで7番目に大きなカウリ。幹周りが12.29m、高さが43.09m。間近で見ると穴を掘ったら何人か人が住めそうなくらい大きい。幹の周囲に作られたボードウォークを反対側に回り込むと、表皮に手を触れてみることが出来ます。カウリは幹や根がデリケートなため、人が触れられないように柵が張ってありますが、これだけはOK。触ってみると、固くがっしりして冷たい。
ヤカストラックの入り口から分岐する別のコースを歩くと、四姉妹と呼ばれる、根元から4本の幹が伸びているカウリとテ・マツア・ナヘレ(森の父の意味)へ行くことが出来ます。
テ・マツア・ナヘレは推定樹齢2,000年のニュージーランドで2番目に大きいカウリ。曲りくねったボードウォークを歩いていると、突然真正面に現れます。他の木々に視界を遮られていたので、いきなり出てきてビックリ。ヤカスより背は低いものの、幹周り16.41mで太い。目の前で触ることの出来るヤカスを見た後なので、あまり大きい感じはしませんでした。
最後にタネ・マフタを見に行きました。国道を少し進んだ先にある別の駐車場に車を停め、森の中を5分も歩くと、やはり突然現れます。最初は50mほど離れた場所から全景を見ることが出来ます。ニュージーランド最大の、推定樹齢1,250年、高さ51.2mの「森の神」は、その圧倒的な巨体で、人間が小さな存在であることをしみじみと感じさせる力があります。
ボードウォークをさらに進むと、近寄って見ることができ、ここからはどんなカメラで煽っても、木の全体をフレームに納めることは不可能。このタネ・マフタにはマオリ族と思しき人がたくさん訪れていて、今も神秘的な力を持った、信仰の対象として存在していることが想像出来ます。
森を歩いている間は運良く雨に降られることはありませんでした。防寒具をたくさん着込んだのに、歩いている内にどんどん暑くなってきます。澄んだ空気の中を緑に囲まれて歩くのは、この上ない楽しさ。雨に濡れた地面から立ち上ってくる、草や土の匂いを嗅ぐと、疲れも吹き飛んでしまいそうです。
ノースランドの旅はここまでで終わり。この後いったんオークランドに戻って、北島を南下してゆきます。