モロッコの最北部に位置するティトゥアンは、旧市街メディナが世界遺産に登録されているように、古き良きモロッコがまだ息づいています。曇り空の下、寒い町中を、人々は民俗衣装のジェラバをなびかせて足早に通り過ぎてゆきます。これまで旅行してきたイスラム圏と違い、スカーフで髪を隠していない女性が多く、ファッションも幾分か艶やかで西洋化された雰囲気を感じます。
季節のせいか観光客をほとんど見かけない町の中で、僕たちは一躍すべての住民の注目の的となり、あちこちから好奇の眼差しでじっと見られたり、話しかけられたりします。強引な客引きやしつこい物売りも少なく、みなフレンドリーで紳士的。言葉も通じる事から安心して出歩けます。こちらからも好奇心いっぱいの眼差しで、町を散策することにしました。
メディナは狭い通路が錯綜し、まっすぐな道がない事から、一度迷い込んだら出られなくなってしまう、迷路のような構造です。ガイドブックの地図を頼りに歩き出しますが、あっという間にどの方角に向っているのかも分からなくなってしまいました。
通りの隅々がスーク(市場)と化した人通りが激しく喧しい道を頼りに、時折細い径に入り込むと、白い壁に囲まれた住居の軒先で、子供たちが戯れていたり、老人がじっと座っていたりする風景に出くわします。スークの物売りたちも自分たちの商売相手は現地民だと心得ているらしく、観光客の僕たちに売りつけようなどと思っていません。皆珍しそうに僕たちを眺めていて、目が合うと恥ずかしげににっこり笑ったり、ボンジュールと声をかけてくれます。
美味しそうなお菓子屋さんでココナッツがいっぱい入ったクッキーを買って食べたり、やたらと目付きの悪い猫を写真におさめたりしているうちに、メディナの端まで出てしまったようです。ここで頭で思い描いていた方角とは全く逆方向に歩いてきた事が分かりました。
その後少し道を戻って、メディナを見下ろす形で丘の上に作られたカスバ(城塞跡)に登ろうとすると、どこからともなく案内人の兄ちゃんが現れました。そのまま付いて行ったら金を要求するだろう、でも絶対に何も払うものかと心に決め、案内されるがままに階段を上って行くと、途中で今度はスカーフを被った女性が案内を交替。脚が痛いのかゆっくり歩くフランス語の通じない女性に、手招きで誘われるがまま階段の道を上って行くと、城壁が見えてきました。進むべき方向だけを教えて何も要求せずに、元来た道を戻ってゆく女性は、どうやらイカサマ案内人を追い払ってくれた上、脚が悪いにも関わらず最後まで案内してくれたようです。ヨルダンはともかく、エジプトでは金を払っても出会う事の出来なかった、優しい心遣いに大感動です。
寒ささえなければしばらく滞在してもいいと思えるティトゥアンで、モロッコの印象がとても良くなった事は間違いありません。