短いながらもポルトでの観光を存分に楽しんだ後、僕たちは再びスペインに戻るため、ドウロ川に沿って東に向いました。ドウロ川は、ポートワインに使われているブドウの産地。車窓からは川沿いの丘陵に階段状に造られたブドウ畑が目を楽しませてくれます。時折霧が発生している場所があり、ともすれば単調な風景にアクセントを加え、飽きる事なくドライブを続けられます。
ドウロ川は、暗く深い色味で滔々と流れ、雲間からのぞくを反射してきらきらと水面が輝く。穏やかなこの地で太陽をいっぱい浴びて育ったブドウは、醸造の途中にブランデーを加える事で発酵を止め、ブドウの持つ甘味と高いアルコール度数を特徴とするポートワインとなって、樽の中で醸造を続けながら川を下ります。
川沿いの道路を外れると、今度は急なカーブの続く山道が待っています。道路沿いに数十キロ間隔で小さな集落があり、村人や犬が東洋からの来訪者に驚いたのか、こちらをじっと見ている。自分たちの車以外には動いているものが何も見えないほど、静かで緩やかな時間の流れる田舎道です。
スペインとの国境に近い国立公園に入ると、再びドウロ川に合流します。そこからさらに10kmでFreixo De Espada A Cintaの村。今日の宿泊場所、ブドウ畑に囲まれたQuinta do Salgueiroがあります。
ネットで予約出来る場所で、唯一僕たちのルート上にあったのが、部屋数8室の小さな民宿。50ユーロ(約9,067円)の宿泊代は予算オーバー気味ですが、利用者の評価が非常に高い事が、予約を後押ししました。
到着すると、ポルトガルの特徴的な田舎造りを残しながら、改装したばかりの平屋の建物が、起伏のあるブドウ畑に囲まれる風景は、それだけでも一見の価値があり、評価が高いのも頷ける。
建物の入り口に着くと、宿の経営者にして唯一の従業員のマルガリーダが満面の笑顔で迎え出てくれました。
今日の宿泊者は僕たちだけ。どの部屋を使っても良いと、それぞれ調度品の異るこだわりを感じる部屋を案内してくれ、好きな部屋を選ばせてくれました。ダブルベッドでブドウ畑に面した大きな窓のある部屋を選び、荷物を置いてひと休み。高級ホテル並みの広いベッドルームは、アンティークの調度品で品良くまとめられ、荷物の少ない一泊だけの僕たちにはもったいないくらい。シャワールームも広々としていて、緑色の細かなタイルが可愛らしい。手作りのハンドソープが気が利いています。
居間に戻ると、マルガリーダが白ポートワインにソーダ水を混ぜたカクテルと、畑で採れたアーモンドを煎ったおつまみを用意して待っていてくれました。
スイスのジュネーヴでホテリエの勉強をして、フランス系の高級リゾート、地中海クラブで仕事をしていたという彼女は、英語よりもフランス語を流暢に話します。学校で日本のホテル運営をテーマに研究した事もあって、僕たちにとても興味津々。勉強した事はあっても日本に行った事は無いので、出来れば次の休みに遊びに行きたいと言っていました。
この土地と家は、彼女が伯父さんから相続したもの。誰も使わずに放ったらかしにされていた農家でしたが、近くに住む妹さんと一緒に畑を再生させ、民宿として改装したのが去年。畑の隅に立っていた木が、民宿の名前となっています。客が多いシーズンになると、妹さんが手伝いに来る以外は、一人で切り盛りしているそうです。
気がつけば外が真っ暗になるまで、話に夢中になっていました。
僕たちが食べ物をポルトで買ってきたと言うと、食器を貸してくれたり、キッチンを使わせてくれたりと、いろいろ気を使ってくれます。必要な時に現れて、プライベートを楽しみたい時には、さっと姿を消してくれる。気配りの行き届き加減は、高級ホテル並みです。
翌朝、ネットの評価でも話題になっていた、朝食が用意されていました。外が暖かければ田舎の美味しい空気を吸いながら食べられたのですが、この日は寒かったためダイニングで。
温めなおしたパンが3種類に、手作りのヨーグルト、畑で採れた果物を使った手作りのジャムが2種類、やはり畑で採れたオレンジを搾ったジュース、はちみつ。どれも絶品。完食です。
朝食を食べ終えて畑の中を散歩したところで、マルガリーダに別れを告げ、僕たちは再び車を走らせます。お土産に畑で採れたオレンジのマーマレードの小瓶をくれました。