バンデリリェーロ達が交互に注意を引きつける中、2種類の飾り銛をさらに牛の背中に突き刺します。カポーテを持たずに牛に向かってゆくのは、なかなか勇気がいりそう。バンデリリェーロの顔が強ばっているのが遠くからでも分かります。
そして4本の飾り銛を背中に付けた牛と、ムレータと剣を持ったマタドールの勝負が始まります。最初のカポーテの演技と比べて、体力の落ちた牛はあしらい易そう。首を下げてムレータに向かってくる牛を、角でムレータをすくいあげるように躱したところで、「オレー!」の声が上がります。
どの演技が優れていて、どの演技がイマイチなのかが分からない僕たちは、とにかく他の観客のマネをして拍手を送るだけ。
何度か演技が続いたあと、真実の瞬間がやってきます。ムレータを短く持つマタドールが剣を牛の背中目がけて真っすぐに構える姿勢が美しい。牛が誘いにのって突進してきたところを、背中に剣が刺さる。しばらくふらつく牛。前足を折るようにして地面に膝つき、闘いが終わったことを悟ったかのように動かなくなります。
バンデリリェーロのひとりが短剣を牛の首に叩き込むと、座っていた牛はバタリと横倒しになり、全てが終わります。
ひとり目のマタドールはそこそこ経歴も長く、2回目の闘牛でも観客の拍手を沢山集めていました。二人目のマタドールは、突進してくる牛を膝まついて迎え出る(見るからに危険)など、パフォーマンスが派手。観客もノリノリです。三人目のマタドールは年齢も若いし、経験も足りない。ピカドールが何度も槍を刺したこともあって、観客からはブーイングの嵐でした。
牛の体力が豊富なうちに、突進を真っ向から受け止めるピカドールは、何度見ても迫力があります。ドン!と牛が体当たりする瞬間は、馬の上に乗っていなくても息を飲む。固い鎧を着ていても、馬に角が刺さっているのではないかと気が気でなくってしまいます。
牛の血が流されることに、国内でも反対の声が多いようです。ゲームとして見るか、伝統芸能として見るか、それとも牛と人間の真剣勝負として見るかは、スペイン人にとっても様々のよう。闘牛士の善し悪しは牛をどう殺すかというよりも、牛をうまく美しくあしらうことが出来るかが問われるようなので、現代では牛を殺さない闘牛も行われるそうです。
僕たちは、最初は恐る恐る牛が倒れるのを見ていたのですが、最後に馬に引かれて退場する牛を見ると、闘牛としての生涯を全うし、清々しい死に様にも見えてきます。あくまで牛が殺されることが前提になっている闘牛には、100パーセント賛成できるものではありませんが、なくなってしまうのも寂しいもの。スペインの伝統ある競技として保存されることを願うばかりです。
技術が達者なマタドールは国の英雄並みに扱われ、登場する闘牛のある日は早くからチケットが完売になってしまいます。またノビジャータでも優秀なマタドールが登場することは少なくなく、優秀な闘牛士は誰もがノビジャータから頭角を表すとのこと。マドリードのサンイシドロ祭りの間に観客を沸かせることの出来る闘牛士は、その後のキャリアが保障されるとまで言われるそうです。
闘牛場を出る頃には、ずいぶんと太陽が傾いてきていました。他の観客たちに混じって地下鉄に乗り、まだ冷めぬ興奮から、ホテルに帰り着くまでの間、僕たちは何度も何度もふたりで闘牛談義を交わしました。