メクネス行きの列車は、僕たちがフェズ駅に到着するとほぼ同時に発車していました。次の列車まで待つと2時間以上何もすることがないので、駅前のバスターミナルに集っているグランタクシーで、メクネスに向うことにしました。
助手席に2人、後部座席に4人というぎゅうぎゅう詰めの状態を、1時間我慢すればメクネスに到着です。
メクネスはモロッコの他の都市と同様、メディナのある旧市街とフランス植民地時代に作られた新市街の2つのエリアに分かれる構造の街。新市街にある駅の近くにあるホテルHotel Majesticに部屋を確保したら、町歩きの開始です。
映画館やカフェの並ぶ通りをしばらく歩くと、新旧の町を分断する川に到達します。橋を越えるとヨーロッパ風の新市街の街並みとはうって変わって、建物が小さく低く、寄り集まるように集積された旧市街へ。
さらに先のメディナは、犇めく建物の間を、曲がりくねった狭い通路が走る、迷路のような街です。
そんなメディナを散歩していると、民俗衣装のジェラバにあわせる帯を作っている職人に出会いました。
メディナの中では、地元の人から観光客を相手にした商売をしている店(総じて客寄せがしつこい)から暗く狭い作業場で黙々と作業を続ける職人まで、さまざまな人が住んでいます。
材料である色とりどりの糸や紐に囲まれた雑然とした仕事場で、黙々と作業する手つきに見とれていたら、彼の方から声をかけてくれました。名前は、ユーセフ・ザザーウィ。国立オーケストラでリュートを演奏するという彼は、演奏家としての給料だけでは食べて行けないこと、今も音楽の修業を続けていること、王様の結婚式で演奏したこと、帯作りは見様見まねで覚えたことなどを語ってくれました。
音楽と職人を兼務するなんて、日本人にとってはとても恵まれた職業(才能)のようにも見えますが、この国では必然に追われてそのような状況の芸術家が少なくないのかも知れません。
ジャメイ博物館は、メディナに残る王の側近によって作られた屋敷をそのまま博物館に仕立ててあります。古いモロッコの建築様式や装飾だけでなく、展示してある調度品などからモロッコの建築工芸技術の高さが分かるようになっています。
天井をくまなく覆う装飾パターンの幾何学模様が、なんとも美しい。それぞれの工芸分野でユーセフのような才能のある職人たちが何人も力を競い合ったことは間違いありません。
メディナを出て王宮のあるエリアとメディナとを繋ぐエディム広場に到達しました。屋台で売っている搾りたてのオレンジジュースがとても美味しい。店先に並べたオレンジを切って、そのまま絞り器で果汁を搾ってくれます。熟したオレンジ4個分のジュースが、長時間歩いた疲れを癒し、その後の観光に必要なビタミンを摂取出来ます。
王宮にはイスラム文化の最高傑作とも言われる、ムーレイイスマイル廟があります。イスラムでなくても入ることの出来る唯一の廟と言う話。シンプルともいえるほど素朴な外観に対して、室内は繊細な装飾に囲まれた神聖な空間。ムーレイイスマイルと妻、息子、孫の墓が密やかに並んだ部屋には、イスラムしか足を踏み入れることが出来ませんが、入り口から中を見学することが出来ます。
一通りの見どころを見て回った後、新市街に向って歩いていると、なにやら大勢の人々が歌ったり音楽を奏でたり踊ったりしながら練り歩いてきます。先頭を歩いている警官に聞いてみたところ、宗教のお祭りでエディム広場までパレードして集るのだとのこと。
なんだか、いろいろな出来事の重なった1日でした。