静かな湖面に波を立てながら進むカタマラン。進行方向には青い氷壁、そしてその後方に連なる氷の塊が近づいてくる。
遠くからでも判然とする巨大さに反して、静けさと美しさを備える。妖しいコントラストにカメラを持つ手にも力が入る。カタマランの立てるエンジン音と水を割く音、壁との距離が狭まるにつれ、期待感から騒がしくなる船内を背に、デッキに陣取った十数人の観光客は、時折船首から吹き上げる水しぶきに声を上げながらも、誰もが寡黙を守っている。氷塊はもう、すぐそこまで迫ってきている。
その時、船の立てる波に反応したのか、船尾方向に巨体を横たわらせていた氷解の一部が、突然、300人乗りの観光船でさえ揺るがす大きな波と、ダイナマイトのような破壊音を立て、崩れ落ちてゆく。
がっかり気分を隠せないパイネ国立公園でのツアーを経て、お隣の国、アルゼンチンのエルカラファテまでやって来ました。国境での手続きにかかる時間も含めて、約5時間で到達するアルゼンチン国境近くの町は、プエルトナタレス以上に観光業で賑わった独特の彩りを放っています。
この町は、チリとの国境沿いに広がる山脈に、年中降る雪を源にした、いくつもの氷河へのトレッキング・観光ツアーのゲートシティです。気候が緩やかになり、氷河の崩壊が多く発生するこの夏の時期が、書入れ時。僕たちが到着した時には、町中のカフェやレストランで寛ぐ欧米人の姿がたくさん見られました。
バスターミナルのインフォメーションで安宿の情報を仕入れ、迷った揚げ句、地球の歩き方でも紹介されているHostal Lago Argentinoに投宿。予算オーバーですが、そもそも物価の高い観光地です。無理に安い宿を探すより、ゆっくり休める場所を確保することにしました。
その日のうちから、早速トレッキングツアーの情報探しを始めました。若干の金額差はあるものの、どのツアー会社で申し込んでも同じオペレーター。アルゼンチンペソの所持残高と相談しながら、条件の良い会社で申込を済ませました。
最初のツアーは、ペリトモレノ氷河へのミニトレッキングです。ペリトモレノ氷河は、たくさんの氷河が集るロスグラシアレス国立公園の中でも、観光客がもっとも集る目玉と言えます。トレッキングや長時間の移動をしなくても、陸地からじっくり氷河が眺められるだけでなく、氷河の活動自体が活発で、夏場の崩落を間近で見ることが出来るのが、その人気の理由です。
バスが町のホテルを巡回して乗客をピックアップして行くのですが、その途中で別枠でピックアップに走っていたミニバスが1時間以上遅れるというトラブルが。こういう時にちゃんと周囲の人が、ガイドや運転手にクレームを訴えているところが、南米の経済先進国アルゼンチンならではと言うべきか。
1時間遅れで到着したバスから降りると、ガイドから簡単な説明を受けていざ氷河の見える展望台へ。
何度も写真で見ていたので、あっと驚くようなことはありませんが、青い氷の壁が目の前まで迫って見える展望台に到着すると息を飲みます。
冬の間に前進した氷河が、夏季に氷解が進み、タイミングがよければ氷壁がはがれ落ちるように崩落する様を見ることが出来るはずです。1時間ほどの自由時間を使って氷河の前にしがみついていましたが、小さな崩落を何度か見ることが出来ただけで、期待するような巨大なものはありませんでした。それでも氷河の美しさとその巨大さを、ただただ眺めているだけで満足。