ツチボタルとは、ニュージーランド各地とオーストラリアの一部に生息する発光性の昆虫。日本に棲んでいるホタルとは違って、成虫ではなく幼虫が光を放ちます。成虫は蚊のような姿で、甲虫であるホタルとは生物学上、異る系統に属する虫。
ワイトモケーブでは、このツチボタルが群れで生息していて、真っ暗な洞窟の中で、星のように光る姿を観察出来ます。友人夫妻に勧められたこともあり、ニュージーランドで必ず訪れようと思っていた場所でした。
オークランドの出発が、ガラスの交換で遅れたため、ワイトモのキャンプサイトに到着したのは夜8時半頃。予め電話で連絡を入れて、到着時間を知らせておきました。
ニュージーランドの道路は、街灯がある場所がほとんどなく、真っ暗な中をヘッドライトの明りを頼りに走ります。キャンピングカーは重たいため、上り坂ではアクセルを踏み込んでも時速50kmくらいしか出せなかったり、下り坂ではあっという間に時速120kmを越えそうになったり、小回りが利かないので急なカーブでは大きく回転しなければならないなど、乗用車とは要領が違うところがいくつかあります。
真っ暗な道で、時折反対車線を走る車がやって来ますが、誰もがハイビームにして走っているので、注意しないと目くらましに会いそう。先を急ぐ気持ちと、安全運転とを、上手く天秤にかけながら暗闇のなかを走り抜け、ワイトモの町に到着しました。
まだ出来て間も無い施設なのか、共同シャワーやランドリーが清潔で心地よい場所です。ニュージーランドに来てからキャンプサイトで2泊するのは、ここが初めて。久しぶりにのんびり近所を歩いたり出来そうです。キャンピングカーの中に居ながらにして、ネットに接続出来るのも有り難い。
朝目が覚めると、朝靄で霞んだ牧場に草を食む牛の姿がありました。遠くの山に朝日が当って、木々の輪郭が金色に輝いて見えます。まだ眠りから抜け切っていない町は、鳥の声だけをBGMに、穏やかに緩やかに変化してゆきます。
出かける準備をしたら、キャンプサイトの目と鼻の先にあるインフォメーションで情報収集。すぐに参加出来るワイトモケーブのツアーがあるというので、早速チケットを買って、ツチボタルを見に行くことにしました。
インフォメーションから洞窟の入り口まで、500mの道のりを歩いてゆくと、何台ものキャンピングカーや大家族を乗せた乗用車が僕たちを追い越してゆきます。やはり人気の高いアトラクションのようです。
事前の情報も充実していて、日本語のパンフレットがあるのは然して珍しくありませんが、韓国語のパンフレットはここが初めて。待ち時間をパンフレットを読みながら過ごすと、時間通りに現れたガイドが、僕たちを厳重に封鎖された洞窟の入り口まで案内してくれます。
今回のツアーは幼い子供も含めた20人ほどのグループ。ゆっくりとした英語を話すマオリ族のガイドが、洞窟の中を先導してどんどん入ってゆきます。外気が冷たいのに、洞窟の中は年間を通して15度前後に保たれているらしく、とても温かく感じる。天井から真っ白な鍾乳石がぶら下がる空間は神秘的で、自然と話し声が小さくなってしまいます。
入り口付近は照明が洞窟内を照らしていますが、奥に進むとそれが少なくなり、ガイドさんのトーチライトだけが頼り。探検気分を盛り上げてくれます。
ガイドさんの説明を聞きながら奥へ奥へと進むと、川の上に突き出たバルコニーのような場所に到着。もったいぶったガイドさんが、足場を照らしていた照明のスイッチを切ると、見えました。川の上の天井にたくさんの小さな光の点が集っています。思わず参加者たちの口からオオーッと声が出ます。
ツチボタルは、餌となる他の昆虫がいる水たまりや川がある事、真っ暗で適度な湿度がある事、そして風の無い事の3つの条件が揃わないと生きてゆく事が出来ません。たった18ヶ月しか生きる事の出来ないこの虫は、一生のほとんどを幼虫の姿で、洞窟の天井に張り付いて過ごし、粘着性の糸をたらして餌が引っかかるのを待っています。発光することで、餌となる虫が洞窟の出口と思い込んで飛んで来て、糸に引っかかってご馳走になってしまうと言う仕掛け。
ガイドさんがトーチライトで照らすと、その糸が天井から無数に垂れ下がっているのが見えました。
ツチボタルの糸を、しっかりと間近で観察したら、ボートに乗り込みます。お互いの顔も分からないほど真っ暗な洞窟の中、ガイドさんがロープを使って器用にボートを進めて行きます。船着き場から少し離れると、頭の上には天の川のような青白い光の集合が見えます。星空と違って、光に目の焦点があうので、すぐ近くで光が発せられているのが分かる。このたくさんの光の点が、全部虫だと思うとちょっと気持ち悪い気もしますが、それでもとても美しい。
小さな光量で本当に虫が捕まえられるのかと心配にはるほど、儚げで、冷たい光の集りは、ボートが洞窟の出口に近づくに従って見えなくなってきました。もっと見ていたい気持ちでいっぱいですが、ここでツアーは終了。
残念な事に、デリケートなツチボタルを保護するため、洞窟内での撮影は一切禁止。素晴らしい景色は、僕たちの記憶の中にだけ残っています。
最近の研究では、年中光りっぱなしだと思われていたツチボタルが、夜になると一斉に光を消すという事が分かったそうです。そんな話を読んで、僕たちも省エネしなければと思ったりします。別にツチボタルが電気を使っているわけではありませんが。