ベネツィアに到着したのは、夜になってからでした。ミラノの警察署で順番を待っているうちに、あっという間に午後の日差しの美しい時間を過ぎ、まだ太陽があるうちに海に浮かぶアドリア海の真珠を見ようという計画は台無しに。
到着してからも、駐車場を探してあちこちを走り回る事になってしまいました。ベネツィア島の駐車場は1泊26ユーロ(約4,174円)と高めです。島に渡る前に駐車してバスで渡れば安く済んだのですが、夜になり、いつバスが来るかどうかも分からないまま重い荷物を抱えて待っているのは辛いので、結局島内の駐車場に車を停める事にしました。
駐車場からしばらく歩いて橋を2つ渡るとホテルのある通りです。ひと一人がやっと通れるくらいの狭い路地を入った先が、ホテルModerno Hotel Veniceの入り口。一泊60ユーロ(約9,632円)と、他の場所なら高くて敬遠してしまう宿泊料ですが、ベネツィアではそれが最も安いディールです。部屋の様子は東南アジアの安ホテルを彷彿とさせるような、狭さと暗さ。でもさすがにトイレやシャワーはきちんと機能するし、清潔さもまあまあ。こういう点ではヨーロッパのホテルは安心して泊まれます。
さっそく街に繰り出して見ると、街灯が運河の水面にきらきらと輝き、ゴンドラがそこかしこで風と波に揺られている幻想的な風景。シーズンオフにも関わらず、観光客がたくさん出歩いています。総じて物価が高いので、1日で島に点在する観光名所を一息に見て回る予定です。
翌日ホテルを出て、運河と橋と曲りくねった小路を歩いて行きます。向うはスクオーラグランデディサンロッコ教会。概観は予算不足で未完成のパッとしない姿ですが、内部はティントレットの作品が壁から天井まで埋め尽くす、絵画だらけの派手な教会です。入場料を払ってパスポートを預けると、オーディオガイドが借りられます。順番が分かりにくいというか、オーディオガイドに従って見学すると、広い建物の中をあっち行ったりこっち行ったりする必要があり、しかもどの絵画の説明をしているのかが分かりづらく見学者泣かせです。
入ってすぐの1階ではあまりピンと来ない作品が多いのですが、2階の大広間に入った途端に天井を埋め尽くす、これでもかと言わんばかりの絵画の数に圧倒されます。見学は天井を見上げながらになるので、首が疲れないように鏡が用意してあったり、部屋の周囲に椅子が用意されていたり。作品の制作時期によって少しずつスタイルが異っていたり、描き込みの密度や時間の掛け方が違っていたりするのも面白い。ティントレットとその弟子達が、精魂込めて描いた絵は、天井全体で大きなストーリーを繋ぎながら圧倒的な存在感で僕たちを文字通り包み込みます。
教会を出て歩きながら、ベネツィアングラスの店を覗いたり、カ・レッツォーニコの庭で写真を撮ったりして過ごしました。島内は車道がないため、移動は徒歩。石畳の通りを歩き続けるのは、結構疲れます。ヴァポレットと呼ばれる巡回船を使えばラクチンですが、1回の乗船で6.50ユーロ(約1,044円)って、ロンドンの地下鉄よりも高い。
ベネツィアングラスは昔ながらの古めかしい図柄がほとんどですが、ガラス職人の腕前とデザインに拍手を贈りたくなるような、現代的で美しいものもあります。旅行の荷物を少なく保つため、出来る限り買い物をしないようにしていますが、ベネツィアングラスだけは、未だに買わなかった事を後悔。
昼ご飯を食べた後、再び歩き出し、島最大の観光名所サンマルコ広場へ。途中、観光客だらけのリアルト橋を渡り、フェニーチェ劇場を眺めたりしながら、高級ブランドのブティックが並ぶ通りを素通り。カーニバルの特集番組などで、テレビでは何度も目にしてきたサンマルコ広場に到着しました。
広場の先にあるサンマルコ寺院とその手前の鐘楼が夕日に霞んで見えるような、広く、美しい広場です。周囲を囲んだ建物が、すべて同じ列柱で支えられる様式で、サンマルコ寺院の異国情緒たっぷりなデザインとのコントラストが目を楽しませる。残念なことに修復工事のため防護壁で囲まれた鐘楼は、本来の赤レンガの色が夕日でさらに赤く染まって輝いています。
広場に無数にいる鳩を避けながら、サンマルコ寺院前まで歩くと、右隣に控え目な印象のドゥカーレ宮殿とその前の2本の塔と、左手には巨大なムーア人の像と羽のあるライオンが印象的な時計塔と、四方を素晴らしい建築物に囲まれて現実ではないような気分になってきます。
サンマルコ寺院に入ってみました。外観の異様さも然る事ながら、金色のモザイクを壁から天井まで敷き詰めた内部も圧力をもって迫ってきます。細かく繊細なモザイク画は、建物の構造が分からなくなるほど、その存在感で威圧してきます。地盤沈下の影響なのか、大理石の床がうねるように曲がっているのも、全体の迫力にさらに凄みを与えているように見える。金ぴかの寺院に置かれた、金の宝物パラドーロにちりばめられた宝石とも相まって、宗教の力を強く印象づけるものでした。
サンマルコ広場から運河を眺めると、対岸にあるサンタマリアデッラサルーテ教会がシルエットとなって、レース細工のように見えます。実際近くまで歩いて行くと、真っ白な半球のドームとそれを支える八角柱型の大理石の建物は、繊細な建物の多いベネツィアにあって最も女性的な印象を受けます。
内部の狭い聖具室に並べられたティントレットやティツィアーノの傑作は、どれも優しい印象です。
夕日が完全に落ちてしまうまで、島内をそぞろ歩きし、写真もたくさん撮りました。スーパーマーケットがなかなか無いのですが、ホテルまでの帰り道偶然見つけ、地元の人に交じってワインにチーズ、お総菜などを買い込みホテルで夕食にしました。地元のワインと地元の食材をあわせるのが、やっぱり一番美味しいと再確認。
春が近づいているとは言え、朝夕はまだまだ寒いベネツィア。朝靄のかかったこれまた幻想的な風景の中、次の目的地であるフィレンツェに向けて島を後にしました。