スペイン絵画までやってくると作家単位の作品数が圧倒的に多くなります。ベラスケスの黒いディテールは、あっさりとした筆致とは裏腹にとても表現豊か。エルグレコの常に上へ上へと、天に向かうかのごとき筆跡は心を揺り動かされる強さがある。ムリーリョの人物画は、ヴェールを被ったかのような柔らかさ。
ゴヤに至っては、共通のテーマで王室から発注された室内装飾に描かれる、豊かなアンダルシアの田舎風景の色と登場人物の仕草に心を癒され、戦争を描く真摯な筆に無言で見入っては神妙な気分になり、その後のオカルト的とも取れる暗い色使いて魔女などを取り扱ったテーマに冷や汗をかきといった感じで、延々と続く作品のオンパレードです。ゴヤを見るためにプラドに来たと言っても過言ではありませんが、美術館を出たところに「裸のマハ」の大理石像を見つける頃には少し食傷気味。
半日がかりで、プラド美術館を隅々まで見学した僕たちは、郊外列車に揺られてうたた寝をするほど疲れてしまいました。
最後に訪れたティッセン・ボルネッサ美術館は、3つの中でも小規模だったので素早く見学を終えるつもりでしたが、実際には美術史を最初から勉強し直すかのように、ルネッサンス以前からポップアート以降まで続く一連の作品数の多さ。個人のコレクションということで、収集傾向が偏っているようで、他の美術館ではお目にかかることの出来ない作家や作品に出会えるのが面白いところです。
中でも面白かったのはルネッサンス以前に描かれた、聖具を納めたと思われる木箱に描かれた宗教画やイコンの数々。ミラノのウフィッツィの続きを見ているような気分になるような秀逸なコレクションです。
モジリアーニの特別展が開催されていて、同時代の他の画家達と、どのように影響しあっていたかについて焦点を絞って掘り下げた展示は、とても興味深いものでした。パリでの一時期だけに限定して、周辺の作家たちの作品を交えて俯瞰できるなんてことは、美術史をしっかり勉強した人でなければ理解できないことのはず。霞んだ瞳に代表される独特な表現に到達するまでに、ブランクーシや藤田などの作家たちとの交流が、影響を及ぼしてゆく様をリアルに見ることが出来ます。
残念ながら場所が2箇所に分かれていて、ティッセン・ボルネッサの一部とソル広場近くのマドリード銀行のギャラリーの間を、炎天下の中歩くのは、ちょっとした苦労でした。
その夕方、ついに待ちに待った闘牛を見に行きました。天気も申し分無いので、セビーリャでの一件のように中止になることもありません。
地下鉄のラスベンタス駅に到着し、出口を出ると、早くも大勢の人が闘牛場に吸い込まれてゆくのが見えます。正門前のモニュメントで記念撮影をしてから、いざ場内へ。
案内係にチケットを見せて所定の席に着くと、ずいぶんアリーナに近いことが分かります。正面に楽隊の座る席とソル側に集まってくる疎らな観客たち。僕たちのいるソンブラ側は続々と人が入ってきます。3階建ての客席なので、一番上のアリーナから遠い場所は人が少ない。学生の観光客と思しき一団があちこちに座っているのを除けば空席が目立ちます。
闘牛の開始時間が近づくにつれ、ソンブラの席には人が増えてゆき、開始5分前には隙間無いほどぎっしりの観客が詰め込まれてしまいました。